<a href="http://ameblo.jp/endof/entry-11471013570.html">肉体が要らなくなる日</a>
人類にとって一番の問題は、この肉体。老化したり怪我したり、もげたり、重力にも束縛を受ける。
不便だからこそ、いろいろなものが開発されてきたわけですけど。
いま、歴史と政治の絡んだ原稿を書いているのだけど、そのなかのたった一行を断言するためには、実は膨大な資料の読み込みと検証と確証が必要なんですよ。
年代や名前がすらすら空で言えるような専門家のひとはいいですが、自分はそんなことをまさか将来書くとは考えたこともなかったので、いいように資料に振り回されます。
wikiで調べれば、まあ、たいがいのことはわかります。便利です。
ところがwikiに書いてあることが全て正しいかといえば、そうではないわけです。
一次ソースをまず、確認しなければならない。これは公文書だったり、昔の書籍だったり、巻物だったりといろいろですが、それが加工なしの本物の一次ソースを確かめて、ついでにそれが書かれた頃の背景や経緯も知らなければなりません。
次に、さらにそういったことを網羅しつつ解説している数々の書籍や公文書。これもその時の背景や、作者の志向なども知る必要があります。
それをすべてチェックした上で、ようやく「これは、●●なのである」と自信を持って書けるわけです。たった一行ですよ?
できれば、読者も同じ事を体験出来ればいい。ネット上の文書では検索に継ぐ検索で同じようなことができますが、実物の真贋まで判断できるかどうか怪しいでしょう。
こんな作業を伴うとなると、読書で一生が終わってしまいます。
そこで思い出したのが、有名なグレッグ・イーガンの小説です。
ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)/早川書房
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このなかで、CPUの中で生まれた志向だけの生命ともいえる主人公は、膨大な知識のアーカイブを気の済むまで、まるで洞窟の中をどんどん進むように調べていき、知識をものにします。
なにせ彼らは不死なので、時間つぶしには最高なわけです。
もっとも、CPUの性能が高くてアーカイブがしっかりしていれば、人間はこうした検索・チェックをナノセコンドで処理して理解できるようになるかもしれません。
肉体があっても、ICチップでも埋め込むか、擬態化するか、それともジャックインするかで脳を直接ネットワークに接続するわけです。
体感では膨大な時間でも、実際に立っている時間はほんの数秒。これなら実生活に問題なく読書ができます。
ただ、検索方法が下手だと、えらい時間がかかったうえに不正解にたどりつく可能性もありますが、そこはきっとアルゴリズムと画期的な検索技術がなんとかしてくれてることでしょう。
同じグレッグ・イーガン作品で
順列都市〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)/早川書房
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順列都市〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)/早川書房
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では、金のないものたちが、自分の計算速度を遅くして、ほかのものが利用する計算の隙間のリソースを利用して思考だけの存在として生きるという様も描かれます。
この場合、思考は連続しているのですが実行にえらい時間がかかっている超スローライフを送ることになります。
機械生命体というより、データだけの存在、ひとつの走るアプリとして生きているようなものですが、そうなっても貧富の差がある。
人類全てがこういう存在になれば、もうメシは不要です。
ただ、エネルギーと自損を自動修復するサーバーが無限に必要です。
サーバーにうめつくされ、さらにそのための機会を作る向上と発電所しか無い地球というのも不気味ですな。
決定版 2012年人類滅亡大図鑑/洋泉社
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